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【セラピー犬ララ 2歳11か月 近くの河川敷にて】

 

数年前、難病と闘いながらも40代の若さで

この世を去った5歳年下の親友Aさんについて

お話をしたいと思います。

 

20数年前の事です。

私は産科の定期検診の為、外来の待合室に

いました。

隣に座っていた金髪でとても派手な服装を

した若い妊婦さん。今でいうギャルママ。

それが親友Aさん です。

年齢よりかなり落ち着いて見えましたが、

どうみても10代のようでした。

とても色白で顔立ちの美しい、

しかもスタイル抜群の女性でした。

こういう人を美人というのでは・・

と感じたくらいです。

私から

「お若いお母さんですね~。

妊娠何か月ですか?」と・・。

声をかけた事がきっかけとなり、

彼女との付き合いが始まりました。

その年、

12月に、彼女は十代で男の子を出産、

私は20代半ばで女の子を出産しました。

それから彼女との親友関係が続きました。

年齢が私の方が上ということもあり、

子育て、人間関係、仕事といろいろ相談を

受けることが多かったように思います。

しかし、

彼女は子育てしながらも、何か資格をとりたいと、

本来興味のあった美容師の勉強を始めました。

その後、素敵なセンスの良い美容師さんになり

私のヘアースタイルを担当してくれるように

なりました。

 

そんな平凡な日々を過ごしていたある日、

彼女から、

「君ちゃん、なぜかお尻の尾骨の所が痛いん

だけどどうしてかな?健康の事は君ちゃんに

聞くのが一番だからね~。エヘヘ(笑)。」

その日が、彼女の闘病生活の始まりだったと

思います。

脊索腫という、腫瘍の中でも最も治療が困難で

神経や血管、周辺の骨を破壊しながら増大する

という、とても珍しい病気です。

 

彼女は告知を受け入れ、この難病と闘う事を

決意しました。

しかし、

彼女の前向きな姿勢とは裏腹に次第に症状は

どんどん悪化。

40代前半には全身に小豆大ほどの腫瘍が次々に

でき、その都度腫瘍除去術も受けました。

手術の回数は5回~6回だったと思います。

お見舞いに行く度に

「また豆粒みたいな腫瘍ができたんよね~見て!」

と。

笑顔で話ながらも体重が落ちていく彼女の姿

はとても辛いものでした。

その間、

重粒子線治療も2回ほど受けましたが、

痛みとの闘いが続きました。

 

実は彼女は離婚後、二人の子供を連れて再婚。

新しいご主人との新生活が始まった矢先の出来

事でした。

発病当初から、疾患や手術に対する不安、

家族(両親・再婚の夫・子供二人)の事に

対する心配と、様々な問題をかかえていました。

私が転居しお互いが遠距離になった為、

肉体的な苦痛や精神的な不安がある時、

直ぐに電話がありました。

1週間に1、2度だったと思います。

彼女は必ず「君ちゃん~、えへっ~(笑)。

今電話で話きるかな~?」

私、「もちろんいいよ!」で会話が進みます。

 

発病してからの闘病生活は、親友としては

勿論ですが、看護師として何ができるのだろう

と悩み続けました。

そして心のケアの重要性を考え、常に傾聴

する事にしました。その都度、傾聴する事

で彼女は何か自分で気づきを得、

そして心の整理をしているようにも思えました。

置かれた状況を自分の運命と受け止め、

死を受け入れた瞬間・・。

言葉では表現できない苦しい辛い、

そして悲しい時間を共にした瞬間もありました。

毎回40分程度、身体や心の動きをを

聴かせてもらうだけの事でしたが、

親友は自分自身の心身に、

何が起こっているのかを理解し、

そして意味のある行動を取るようになったと感

じました。そのような事が5年続いていました。

 

ところがある日、

お会いしたことのない、

私のメールアドレスを知るはずもない

ご主人から長い長い一通のメールが届きました。

それは、やはり恐れていた内容でした。

急変した状況、そして悲しい知らせでした。

そして最後には

「○○が生きていたら最後に君ちゃん

ありがとうと言っていたと思います。

代わりに私の方から言わせてください。

”君ちゃん、いろいろありがとう”」

と書かれていました。

 

発病して約5年間という、

とても短い悲しくて辛い闘病生活でしたが、

彼女は家族に素晴らしい”愛”を残したのでは

ないかと思います。

そして今もなお私の心にいます。

明るい声と、どのような状況でも

笑顔を絶やさなった親友Aさん。

今も鮮明に私の記憶に残っています。

いつも「ありがとう」。

 

親友の闘病生活で私自身が一番苦しんだ事は

「彼女に何ができるのか・・。」でした。

そして、これならできる!と最後の最後まで

諦めずに臨んだことが傾聴でした。

なぜか電話を切る時、

いつも私自身の気持ちも楽になっていました。

 

傾聴は話す側、聴く側とお互いに

何か素晴らしい効果があると実感しています。

話す側に関しては、どうだったのか・・。

本当は彼女から確認出来る事が一番なのですが。

しかし、

最初は元気のない弱々しい小さな声から始まり、

電話を切る頃には必ず

「君ちゃん、話を聴いてくれてありがとう。

頑張ろう!」

と大きな声で気持ちを伝えてくれた姿。

それが彼女のメッセージではないかと思います。

 

私はその都度、傾聴の難しさも実感しました。

傾聴は心身の苦しい状況の中にある方は勿論、

関わりのあるご家族や関係者にも、

何か良い効果があると実感しています。

そして話す側には「自然治癒力」を高める要素

の一つでもあると考えています。

特に医療従事者の方には「傾聴」の知識や姿勢

を少しでも身につけて頂くことで質の高い心身

のケアに繋がるのではないかと思います。

 

福岡県北九州市

「悩み相談」カウンセリングオフィス「ひと息倶楽部」

代表 守口君子 http://hitoiki.ec-net.jp/

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